与太話はこの辺にして推しに幸あれ

多ステどうですか

どうですかもこうですかもない。

 

推しが出る舞台は息を吸うように、吐くように自然と生きるために必要なことで。むしろ生命維持にかかせないものだから、多ステして然り。

あれこれ御託並べる必要ないな。

推しの芝居は何としても観るものだよ。

一回は観たいな!とか、そんな控えめなことは言わない。

基本姿勢は全力です(財布の中身に限りがあるけれど)

多ステ上等です(財布の中身が心配ですが)

だってさ、推しの演技、いつ観られなくなるかわからないし。諸事情で推しがいなくなる、わたしがいなくなるエトセトラエトセトラ……。

人生何があるのかわからないので、何歳でも構わない、我が世の春は謳歌するものですぞ。

 

それでね、多ステどうですか。

特に人気公演だと、チケット確保したことを言うのすら禁忌というか、ピリピリしがちでしょ。とかくチケ取りが大変な公演ほど多ステする場合、お取引鬱になりそう。と、まあ、わたしの多ステ事情はともかく。

 

ひとつ思うことがある。

俳優のおたく、わりと多ステしますよね。

その一方で推しやらおたくやら〇〇の女やら名乗るわりに、直前まで公演自体を知らなかったとか、知ってても自らの機会を棒に振っておいて、チケ取れなかった取れなかったってボヤく勢。

かなりいるように思う。

話題にのって言ってみたかっただけかもだけど、正直おもうことは、

なんなの。

これです。チケットご用意されなかったと主張するのが悪いとは言いません。好きにしてって感じだけど、なんで多ステに憎しみの矛先を向けるのか。

挙句の果てに、チケットいっぱい取ったやつがいるからわたしのチケがご用意されなかった!多ステするやつ許せない!みたいな……。

なんだ、その八つ当たり。

知らんわそんなん。

 

もちろん、チケット確保できるできないの九割は「運」だと思うので、ほんっとお前なんでこんなにとれないんです?!ってくらい自引きできない公演だってある。だから取れない取れないという呟きのなかには、努力してるけど取れないも含まれるのは充分すぎるほどわかってる。

まあ、基本的にチケ確保に必要なのは抜け目のない「情報収集」と、労力を惜しまない「姿勢(努力)」だと思う。

コネはあるひとは別ね。

 

多ステ勢はあらゆる手を尽くし、自らのお席をご用意される努力をしている。

それをなぜ責められねばならんの?

ちゃんとお金払ってます。

対価払ってます。

なんでそれを責められねば……(2回目)

そりゃ興行主がね、例えばこの公演はン十公演ありますが、おひとりさま一回限りのステージですって取り決めのもと、本人確認を行い、一回限りを明確に判断して興行するならば、しょうがないから、しぶしぶながらも一回限りにするかもしれない(かもしれない……としか言えない)

日程調整してチケットを確保して、東京公演なら入れるだけ入り、地方公演があれば遠征する。それだけの努力をしているのに何故後ろめたさを感じる必要があるのよとも思う。

多ステは根性です。

根性論でアレコレ語りたくはないけれど、その欲のかたまり完全に根性です。根性出して座ってます座席に。推しを見すぎて飽きるかもしれない……なんて、複雑でリスキーな思いを抱えつつも、新しい驚きと発見を日々しながら日々言うことは推しかわいい……推しかっこいい……。

おばちゃんにかわいいだのかっこいいだの言われる推しはちょっと気の毒かもしれませんが、わたしはわたしの愛のままにわがままにぼく(わたし)はきみ(推し)だけを傷つけないんだわ〜(一方的な愛ですから)

いやー、文字にしてもしなくても、あたまがわるそうです。

推しを前に完全にあたまがわるい……!ときにあかちゃんにすらなるよ!わたしは!

 

話が飛んだわ。

 

まあ、多ステ勢にチケとる努力してない勢が文句言うのは変じゃない?って話。観たいなら頑張ってチケ取りましょう。

 

ただ見たい見たいって言って文句ばっか言うの、おこさまか!

 

お口が悪うございました。

きょうも推しが最高にかわいい……。はてさて、お支度して現場行こ。

今日も良き一日でありますように。