与太話はこの辺にして推しに幸あれ

誰かの推しのはなしを聞くのが好き(ただし、わたしの推し以外)

推しのことを書いたり語ったりすると、胸のうちに秘めた幼児性と変態性が混ざりあった気持ち悪さが滲み出てしまうので、あまり話さないし書かないわたしです。

 

自分はあまり推しの話をしないけれど、自分以外のひとがそのひとの推しさんのはなしをするのを聞くのが好きです。

 

嬉しそうだったり楽しそうだったり、あるいは悩ましそうだったり、せつなそうだったりするひとたちの話を聞くのが好き。

 

悲喜こもごも。

 

板の上の物語を、あるいは板の上にいない大好きなひとのはなしをする姿がとてもかわいいなーと微笑ましくおもったり、すごいなーと情熱的な姿に感心したりしている。面と向かってでなく、SNSやブログでの楽しそうな様子もわりと好きかも。

 

最近、好きという感情のあらわしかたが微妙にわからない。いや、好きは好きなんで、それすごい好き!とか、わりというけど。そういう瞬発的なものでなく。

 

大人になると素直ではなくなる……というか、日常的嗜好(衣食住)以外の何かに対しての好きを表現しがたくなるきらいがあるように思っている。

 

抵抗感が生まれるみたいな。恥ではないのに己の素をさらけ出すことを恥とするような。

この、いかにも日本人的な感覚、歳若い人ほど持ち合わせていないのかもしれない…。ただ、残念なことにわたしはふるーーーい人間なので、この感覚が非常に強い。性格的な要因も強かろうが、ある意味で自己開示がとてつもなく苦手だ。好きをかたちにすると、だいたい気持ち悪さが勝ってしまう出来栄えになる(と、思っているし、年甲斐なさすぎてせつない)残念すぎる……。

 

だから、誰かの喜びを、キラキラしたそれを手に取ってみたくて話を聞く。その、楽しい、嬉しい、切ない、悲しいこころのなかのはなしを、あるいは、苦しい苦々しいはなしを聞きたいと思う。それらに共感できることを好ましく思うから話を聞きたいと思っている。

 

ちなみに話は聞くだけで、聞いたからといってどうということはない。わたしはわたしのなかでそれらを咀嚼して、そうかそうかと思うだけ。

これね、誰かの感情の道行きを見ることは、なんとなく劇場で芝居を観ている感覚に近いのかも…とか、思う。

ただ、芝居と違って、いくらでも口を出そうと思えば出せるし、相槌だって好きなだけうてるけど。

 

あと、ひとのはなしは感情の詰まった玉手箱みたいだ……とか、思ってる。そう思ってるところ、わたしの気持ち悪さかも。

 

まあね、単純に観察するのが好きなだけかもしれない……。まちの中とか電車とかでもよくひとのこと見たり聞いたりしてるし。それだとなんだかタチの悪いひとみたいなので、まあ、これは聞かなかったことにしてどうぞ!

 

そして、一つ付け加えることがありまして(タイトルに戻る)

 

わたしの推しさん以外の話でないといけないということ。

 

わたしの推し界隈以外のはなししか楽しく聞けない。つまりは、書いた文章のあちこちに(ただし、わたしの推しのはなし以外)って注釈がつく。ダブルスタンダード上等です。

ちなみにリアコとかじゃない。

 

「推しに対する解釈違いがこわい」

 

理由はこれしかないです。

推しの出てる芝居の解釈違い。

はたまた推し自身に対する解釈違い。

 

生身の人に対して解釈違いもあったものかと思うかもしれないけれど、極端に言うと、推しのイメージ……

 

・かっこよくて、すごくクール(それ以外のイメージがない)

 

って、考えているひとと、

 

・かわいくってむちゃくちゃキュート(それ以外のイメージがない)

 

双方同じひとに対してこれくらいの印象の差があったとき、はたして会話が噛み合うのか噛み合わないのかみたいなアレです。

 

どんなことでも解釈違いこわすぎる。

 

わたしはわたしの意識が大事で、他者に踏み入られたくないし、他者のそれも同じように蔑ろにはしたくない。

だから、わたし自身がこねあげた思考に他者の意見を混ぜたくないし、絶対的に入れたくないという強い意志があるので、そうなる。

それ、とても子供っぽく利己的で個人主義な姿勢による弊害だと思う……って、わかってるけど、わたしの心は限りなく狭い、狭すぎる。

そして考えが完全に根暗のそれだ!

ちなみに、例えば、わたしがわたしの特定の推しに対して思うのは、人が人たらしめているのは頭と心を弄ぶ感情と、それを包む肉の袋をもってして、それを存分に、フルに使いながら人の世の喜怒哀楽を謳歌し、謳歌すべきものを世の人に見せている……というていなので、舞台上の役だろうと、プライベートだろうと、かっこいいも可愛いもキレイも汚いも内包しているひとだと勝手に思っているから、まあ、それ主義のひととなら即握手できそう……とか思う。

いや、まず、いない。

そして、さすが夜、何言ってるかわからない。

 

あ、そうだ。

狭い心の反対。

広い心のほう。

 

共演者界隈におられる方々が、推しを褒めているのを見るとむちゃくちゃ嬉しいってことありません?

もー、感謝と喜びしか感じないし、まるで自分のことように嬉しく感じる。これってわりと普通のことかな。褒められてる推しえらい。わたしも褒める。

 

ということで、

同担界隈のはなしは御免こうむるノーサンキュー!とすぐには拒否らず、おおらかに迎え入れられたら、もしかしてもっと生きやすいのかな?!とか思いついたけど、ねむいのできょうは終いだ。