与太話はこの辺にして推しに幸あれ

パートナー問題などと言い

雑記。湾曲表現。

 

 

推しの状態として、

最初から

He(she) got married.

の状態だった推しを推すことと、

推しはじめた頃、

He(she) is single.

maybe…

からの

He(she)is married.

の場合、心の中に浮かぶものが違いすぎない?って、なってる。

最初からそうと知っていたらそういうものだし、推しポイントがきっと違う。

 

わたしのはなし。

元推しでパートナーを得た人もいる。

当時、推しだったひと。

その時どうだったかっていうと、まあ、荒れましたよね。勿論お祝いは伝えたけど、なーんか複雑な気持ちで。わたしも当時は若かったので、ご報告自体に引っかかるものはあって、はっきり言うとその子の現場を遠ざかった。自然と干したって感じだけど。なんだかテンションあがらなくて、さみしいような変な気持ちで強く推すのをはばかるようになって、最終的には元推しって感じになった。

 

今推しが、昨今話題の事態になったとして、わたしはどう思うのかな?って考えている。若くないわたしの思うことです。

ちょっと怖いな。

って、気持ち。

わたし、今は複数推しなので、フラストレーションが分散される分、多少ダメージ少ないかな…とは思う(と、いいながらもメインで推してる子はひとりに固定される系)

推しだって、いつまでもいつまでもは若くはないし。明日は我が身…と、皆は言う。

 

そうです。

明日は我が身。

 

これ、界隈共通認識だなって思いました。そしてそれは推しだけでなく、オタク本人にも言えることです。

まあ、それはそれでよろしい。

 

さて、何度も言うけどね?わたしはリアコとかではない。むしろリアコだったら怖いわ!ほんと、わたしはおばちゃんだし、そんなんありえんし、現実逃避は現実以外のとこでしたいので、舞台上の物語と登場人物、それと推しそのものに入れあげる。

強いて言うなら推しは人生の潤いだ。

かわいいかわいいするだけの存在かもしれない(孫なのか……)

若かりし頃はともかく。

今のわたしは演技を通して、ひとりの役者が様々な人を、誰かの人生を提供してくれるっていう状態がすごく好きでね、基本的に推しには舞台上でしっかり演技してくれればいい派、気取ってる。

……はず、なんだけどね〜〜〜!

 

あらためて考える。

推しのパートナーの存在が公になったなら、どの子の情報やお知らせだって戸惑うだろう。気持ちが大丈夫だってことと戸惑う戸惑わないは別だ。

元推しの時を考えても、わたしは今みたいに頭沸いてる勢いで、もーーー推し大好きすぎてしぬ!しぬ!みたいな気持ちにはなれなくなる気がしている。(推しの演じているキャラクターに入れ上げることはあるだろうけど)

好きだけど、一歩引いたところから見るみたいになるかも。

 

これは、わたしたちの推しが、当たり前だけど(誰かひとりのひと)になる時間があるということと、(誰かひとりのひとになる瞬間)を見てしまったからかもしれない。

 

なんてね。

 

まー、わたしは心が弱いので外的要因に感情を左右されすぎなだけだ。既にパートナーいそうかなーと思うとこもありつつ、発表して欲しくない気持ち強すぎる。

 

これは、ある種の偶像崇拝

 

言論統制もさもありなん。情報操作の上で、あらゆることが開示されていない状態が好ましい。

その都合よくつくられた(かたち)を推しにはいつまでも保っていて欲しい……っていう、極めて自己愛に溢れ勝手で我儘な感情を心の奥底に潜ませている。

もうね、はっきり言うと(推しのパートナー)っていう存在が観劇の雑念になっちゃうんだわ。

芝居を観てて、余計なこと思いたり考えたりしてね。お前集中力なさすぎでしょ?!ってなるけど、愛着にとらわれているわたしは注意力散漫、集中力がない。本来、推しにしか発揮されない集中力がパートナーの存在で推しを観ても瞬間的集中力すら発揮されない如何ともし難い状態になってしまう。

 

まあ、ひとの人生だし。

推しの人生だし。

そもそも外野たるわたしが口出しするものでもない。

でも、わたしの人生では芝居を観るという行為が非常に重要なので、その環境、守りたい、守られたい……と思わざるを得ない(むちゃくちゃ自己中心的!) 

なので、

推しには板の上で演技ちゃんとしてくれれば良いと言いながらも、わたしはわたしの快適な観劇のためにも、推しに私生活(パートナー問題)を公表してほしくない派……であることがわかりました。

はー、びっくり、びっくり。

 

とはいえ、言祝ぎ大事なので何とは無しに、この度はCongratulation! ……とだけ、言っとく(置き換え表現)