与太話はこの辺にして推しに幸あれ

徒然すぎて書くことがない

このあたりでブログをこしらえているお嬢さん方って、本当に本当にお若い方のが多いんだろうな……なんて、思いながらいろんな方のブログ眺めてる。美容のはなしとかコスメのはなしも楽しく拝見しています。

見ながら、おしなべていうと、まあ、

 

若いって素晴らしい!

若いっていいな!

分けて欲しいその若さ!

 

……ということで。

若手俳優さんたちって若手だけにお若い方多いよね(変な前フリ)

例えば2.5次元舞台付近の役者さんたち。ほんとに若いね、10代後半とかふつーだよね。若さがキラキラだ。若さが弾けてる。若さが眩しいね?でも、彼らのいる世界は本当に歳若い子たちがいる一方で30越えても若手って言われる世界なんだよね。それは2.5次元じゃなくても、ふつーに少し若いだけで、若手俳優ってくくりになる……。いつから若手じゃなくなるんだ。若手のベテランとか意味がわからないぞ(ニュアンスはわかるけど)

芸の道。

芸の道は厳しく長く険しいらしい。

若手と呼ばれる期間が長い、ひたすら長い。四十の坂を越えても若手って呼ばれ続けるのもありがちだし、10代や20代前半なんて、ぴよちゃんかな……。うん、伸びしろあるよ若手(ぶん投げ)

 

役者さんたち、わりと30を迎える頃に少し立ち止まって自分の仕事を振り返る傾向があると思う。そりゃね、売り方考えないといけないし、いつまでもかわいいじゃ売り続けられない(俳優のおたくにとって推しは何歳でもかわいいけど、一般的にはそうじゃないよねって、これは前の記事にも書いた……。繰り返しになっちゃう)

 

役者と共にファンも成長するってのが理想だけど、そうでも無いことは多い。

それはしょーがない。

ひとりの推しを追い続けられるかなんて自分でもわからない。今の気持ちは死ぬまで推すだけど。

いつわたしを。

今以上に熱狂させる推しが降ってくるかわからないし。それは虎視眈々と生命を脅かす新たな刺客みたいのもので、いつくるかわからない。来るかもしれないし来ないかもしれない。

落ち着いた気持ちに漣が生まれるんだよ。そうして、そぞろ神に手招きされるんだから。

わりとしんなりしなびたわたしにもなんだかだで推しはいるので、推しがいる生活に年齢は関係ない。

 

あ、でもさ、話が若手の方にもどるけど、どんなに若手を見てても、例えスタート地点が観劇初心者だったとしても、観劇スタイルは玄人でいたいと思わないといけないよね。

客席。

そこは基本的にヤンチャしちゃいけない場所だ。誰しもが観劇上手であって欲しいと願う今日この頃です。席ガチャに勝利したいとか、したくないとかより、そもそもハズレがない世界が好ましい。

 

わたしは快適に観劇したいので、わたし自身も人さまに迷惑かけたくないな。

 

あと、迷惑かけたくないという意味で。わたしはいい歳なんだけどね、推しを推すという行為がどんなに大人気ないとわかっててもやめられないんだ。

この非生産的な現実逃避。

確かに大人気ないし年齢にそぐわないのはわかってる。でも、それはそれとして理解して現場に出かけてるわけで、いつか通えなくなる日もくるから通えるうちに通いたいのね。

どうあっても老害呼ばわりされなくないな。むちゃくちゃ一般客だけど老害と見られるのは嫌だから、せめて観劇スタイルは玄人でいたい。

 

本当にね、あらゆる人生の節目を迎えてもオタクはオタクです(そうでないひともいるとは思うが)

少なくともわたしはオタクのままでしたし、この先も対象は少しずつ変化しつつもマインドというか気質は延々に変わらなそう(自重して!)どんなに見える化と効率化がすすんでも、システマティックな世の中になろうとも何処までも非生産的なままで推し活にいそしんでしまうんだからびっくりでしょ。現実がどんなに平々凡々でもそれはそれで、かりそめに得る物語のなかだけは誰しもドラマティックでいられる。

静かに。

わたしだけのあたまのなかでくりひろげられる誰かの人生。誰かが見せてくれるつくられた人生。

まあ、そんな虚構。

しょうもないけどそれが愛しいとそれもおもってて。

推しを通して、知らない誰かの人生を観るのはとても愛しい行為なのだ。

まあ、言っといてなんだがなんだこれ、相変わらずよくわからない。

 

本日、推しの舞台、初日です。

一刻もはやく退勤したい。