与太話はこの辺にして推しに幸あれ

現場主義っぽいなにか

現場は劇場。

現場入ってこそのオタクってはなし。

推し方いろいろ十人十色だけど、わたしの気持ちはそっち寄り。

過去記事にも同じこと書いてそうだが気にしないで欲しい。おばちゃん忘れっぽい。

 

法事あり。

今週来週と2回休み。

2マス戻る。

 

今日も推しは板の上。

わたしはお寺さんでお坊さんのありがたいお説法をきくデイ、法事だよ。

 

ひとつの公演が中日を過ぎ、手元に切り離したチケットが増えていく。

かなしい。

とてもかなしい。

切り離してないチケットが少なくなってくると途端に惜しくなる。終わりが近づいてくると追いチケしたくなるの何故なのだ。自分が入る分は既に持っているから、これ以上は配るチケくらいしか足せないのにね。

この満足いくまで食べたいっていう飢餓状態はなんなのかな。何を抑圧されたらこうなるんだろう。推しに飢え過ぎじゃない?っていっても、そんな肉食系じゃない。わたし草食っていうよりわたし自身が枯れてるし心が弱いだけか。

この先も推しは大変ご活躍なので、現場の回転はむちゃくちゃ早いから多少我慢しないといけない。

でもさ、この興行のこの役はこの先観られないって思うと何度でも観たくなる。円盤出てくれるみたいでよかった。

 

んで、これはサビですね。

繰り返しになるけれど、人間いつ何時、何かがあって現場に通えなくなるかわからない。若くとも若くなくとも、時間とお金が捻出できるなら、観たい役者の観たい姿はその時しかないから、可能な範囲で通ったほうがいい。

 

…と、思う。

ゆえに、現場主義。

そう思う方は多いと思うけれど。

つかのま

でしょ、人が生きていられる時間って。

 

だから舞台俳優のオタクほど、現場入ってなんぼでしょ?!って感じている。どちらかというと、という感覚の話ではあるけれどね。

それ、命短し恋せよ乙女に近い感覚かもしれない。乙女じゃなくても人の時間は不平等だったり限りがあるものだったりしますから。

 

話が横道に逸れますが、現場には座席がある。

わたし、座席はあまり問わないほう。 入れればいい。

場合により買い直しやサイドチェンジもしますが…。

ちなみにサイドチェンジね、あまり良いことではないかもだけど、わたし自身はおたく間で暗黙の了解がなされたチェンジならば別に構わんと思っている。それとチケ増ししたときの空席問題、空席とかぜっっっったいに嫌!!!なので、その場合、余分に買ったチケットは担当違いの友人にプレゼントしたり家族に入ってもらいます。

ほんと座席はさ、欲を出すとキリがないじゃない?だからこそ回数重視かな。

絶対にこの範囲のこの位置の座席でないと嫌……ッていう最前ガッツみたいな気持ちは持っていない。

演劇やミュージカルの場合、舞台装置の見え方、演出効果、音の聞こえ方などなど、トータルして芝居を楽しむならセンターブロックど真ん中あたりの座席が最高の良席だと思っている(絶対ではない…、劇場の構造にも左右されるし、個人の気持ちでいうと現場通い後半は推しを定点観測するからステージが近いと嬉しいとか、なので、絶対ではない)

 

さまざまに御託並べても、わたしは基本的に現場に入れさえすればいい派には違いない。お財布の許す範囲で現場に入ること複数回、公演数重視、座席を問いませんってスタンスです。

繰り返しになるが、多ステは根性。

オタクは現場入ってなんぼでしょ?!という多ステ根性はある種の強迫観念だと思うことがある(ちなみに多ステのはなしは、ここで記事をポストしたての頃、書きました。多ステどうですか?

現場主義ってそういうことだし。

だってほら、多ステ上等でしょ?

その意識は今後も変わらないと思う。

どーあってもいつか多ステ出来なくなる日が来るから、前述の通り今は自分の出来る範囲ではありますがひたすら現場に入ります(前述の内容にループする)

 

そうだ。

折角だし現場にまつわるアレコレ。

 

手紙とプレゼントのこと。

この界隈、推し宛の手紙やプレゼントの話をよく見かける。それぞれの推しさんへの気持ちはあったかいし、いろいろ考えていらっしゃるのね……って、感心しつつ眺めています。

かくいうわたしはというと、だいたいてきとうだ。

 

・手紙

感想は言いたい派。手紙は気楽に書いて送る。観た直後でないと伝えきれない興奮もあり、推しの芝居に対して思うことがあると毎公演したためるし、入る前のと幕間で書いて1公演で2通送る時もあります。枚数は2、3枚からお久しぶりのお手紙だと7枚くらいまでの幅。公演中の手紙はおおむね3枚にまとめることが多い。とはいえ、わりと公演数入ると思うと頻度が多く、いくら公演中でも、しつけーよ!と思うところもあり、3日に1回くらい手紙を置いてきている気がする。その他、公演終了後、事務所あてに感想を送る時もあります。

別に毎公演手紙入れて、来てますアピする必要もないし、そもそも手紙見てるかわからんし……。手紙はあくまでも観劇する側のはみだしてしまった感情の矛先だとおもうので、書くことに意味があると思っている。伝わるように書く努力はするけれど、読んでもらえているとは思っていない。そりゃ、推しが読んでくれていたら嬉しいけどね。まったく見てなくてもそれはそれで、何も。そんなことで推しに見返りを求めるのは何か変だし、そもそもなにものにも変えがたい演技という最高の見返りを受け取っているはずだから。チケ代を支払った対価は板の上の演技で充分に得ているから、それ以上の何かを求めない。

求めてはいけないと思っている。

あと、手紙の下書きはしてない。下書きする時間を捻出できないというのもあるけど、下書きがわたしにとっては無意味なのでやめた。下書きすればするほど飾った気取った言葉選びになって、どんどん言葉が粉飾されていくのが嫌だからやめた。一発勝負で書いて送っている。推しへの手紙、普段のわたしはなんなのかと思うほど迷いなく誤字脱字もなく、思うことを綴れるのでほんと一発書きです。

 

・プレゼント

プレゼント選ぶのが楽しいので気楽に気軽に贈る。だけど、高額でスペシャルなものはあまり贈ってない。贈るときは稽古着が多め、あと場合により金券。基本的には使い捨て前提、むしろその場で誰かに横流し可能かつ使わずに捨ててくれても構わないものを意図的に選んで贈っている。でも、生活雑貨系の消耗品はナシ。たくさん貰って余してそうだから選択肢には入れてない。アクセサリーを贈るときもあるけど、それも普段使いの失くして惜しくないもの、あるいは使わないで捨ててくれても良い系のもの選んでいる。ちなみにアレルギーフリー仕様のアクセサリーしか選ばない。

わたしが推し宛にぶん投げるプレゼントの中身は(もらって重くない)がテーマです。粗末なものは嫌だし、なんでもいいというわけではなく、ちゃんと選んでいますが、気取りすぎず重くないものを選ぶように努力している。あ、念の為書いとくと重いっていっても重量のはなしじゃないよ。回数は1興行で平均3回くらいかも。だいたいそのときの気分。これ稽古場で着られるかな?とか、楽屋で着替えに使える?とか、ちらっと思いつきで現場入る当日Tシャツとかスウェットとか消耗品っぽいのを適当に選んで現場入ってプレボにぶち込むパターンも多い。 この行き当たりばったり感。

よく若手の俳優さん好みのブランドものを送る方も多いと聞くが、ハイブランドほど好みが分かれるというか外すと悲劇だし、収入的にはお前の方が貰っているはずだから、お前の好みのものほど、お前で買ってください!推し!ってすごく思ってる(それは本当にすまない…)

 

なんか散らかった文章だな。

 

きょうは現場入れない。

かなしい。

ちなみに東京前楽も入れない。

理由は法事。

現場入れないのはかなしいが、それはそれ。法事大事ですん。

 

とりあえずまた来週。

 

長々書いたが、現場主義っていうよりも、

「推しに演技に関わること(演技歌唱ダンスなど)以外の何かを求めない」

という、わたしの推し活テーマに基づくはなしにおさまった。

 

これあとで消すやつだな。

心が弱いんだよ。