与太話はこの辺にして推しに幸あれ

一方的に依存しているということ

移動中にちょっと思う事があり、タイトル通りの中身を考えた。これはよくよく考えていることだから、前にも書いたかも。

 

この趣味として持つ観劇と、好きな役者の演技をひたすら追い求めることは限りなく実体のないものに対しての依存に近い。それは極めて稀有な非現実を求める現実逃避でもあるが、四六時中好きな役者の演じる様を想い想像しつづけるので、やはり依存そのものかな。

一方的な依存です。

一方的にってつけなくてもいいけど、なんとなくそういったほうがしっくりくるというかなんというか。

わたしが相手に対して施せることはなく、せいぜいチケットを買って演技を観ること。相手に対して個人的に影響を及ぼす何かが出来ることなんてほぼない。ほぼないどころか何もないんじゃないかな。

その人は。

わたしの人生には大きく関わるけれど、わたしはその人の人生に関わることはない。そう、少しも人生の中でまじわることのないひとなんだからね。前にもこれは書いてるとおもうけれど、まったく直接的には関与しないと思うんだよ。

まあ、それだけのこと。

それなのに依存しているのだと思うと僅かな虚しさがないでもないが、それでもわたしは舞台が好きだし、推しを追い求めてしまう。

板の上のひとをひたすら観ること。

それは楽しい行いで。

それだけの、観劇という非効率な文化的鑑賞をどうしてもわたしはやめることができない。

そんなに深刻な話じゃないし、個々に程度があると思うけれど。それでも、わたし個人のことをいうと、わたしの好きな役者がわたしの世界の中心の近いところにいるってのは確かだ。

一方的に思って、一方的にわたしの世界の中心に置いているというのが近いかな?わたしの心の中はわたしに忠実なので好きなように出来る。だからわたしはわたしの心の中に、推しというまぼろしを住まわせているんだな。

観たものを観たままに観ている世界に住めたらいいのに、なんてね。

せめてその一方的に好きな人が板の上で生きてくれることに感謝しよう。

推しの演技好きすぎる。

わたしは推しに板の上に関わること以外は何も求めない主義なので、まあ、なんていうか観劇というひとりよがりを常に楽しんでいるわけですよ。

別に深く考える必要もない。

どー考えても趣味だし。

あとは何度も言うけど程度の問題ですか?

うーん、休演日……。

はやく推しの演技観たい。

御機嫌よう、9月!

病んでないしポエムじゃないし〜。