与太話はこの辺にして推しに幸あれ

終わり、始まり

 

推し主演ミュージカルの現場通い終わりました。

 

これ、ちょっとですね、書き掛けで公開してしまって、いやこれは……って、二回くらい上げては下げてを繰り返してしまったんですが、ちょっと直して書いたまま出します。紛らわしいね。

 

indigo-tomato.com

 
12/10(火)ちょうど1か月前の11/10にスタートしたIndigo Tomato再演が東京グローブ座で幕を下ろしました。11月は地方、12月は東京、さほど多くない公演数だったけれど中身はとっても濃かったです。どんな公演でも推しが出演した作品が終幕するのはとてもとても寂しいけれど、今回は心のなかでひときわ大きな寂しさのようなものを感じています。4月までのRJ2019の時のやりきった感とは別のさみしさです。

 

Indigo Tomatoの話を少し続けます。

 

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東京公演はグローブ座だったよ〜。

 

ここは多ステの成果として、理路整然とした感想を書きたいところですが、残念わたしはそのような思考の持ち主ではないため、今思うことを思うままに書きます。ピントがズレていたり微妙な切り口だったりしたら申し訳ないけれど、しがない弱オタの言うことだから、誰も気にしないだろう。

よし。

これらは全て個人の感想です!そしてわたし自身のための記録だよ。

多様化という大きなテーマの地図の上に描かれる物語のなか、ひときわしっかりと描かれているメッセージは「人」と「夢」、人と人が支え合うこと、また、夢を見続けること、これ生きていく上で必要なものなの的なのね。

また、もう一つ、わたしのなかで、この物語のメッセージだよなーと勝手に思っていることがあり、それが「気づき」です。

誰しも誰かに「あなたが必要だ」といわれたい欲求を多少なり心の奥底に抱えている。その欲求を自分ですら認めなければ、ささやかな他者からの承認ですら気付かないんだろうな、という。自分の凝り固まった世界のなか、飛び立つことなく閉じこもると決して気づかない誰かのあたたかさ。

気づくことは大事だ。

物語のなか、いつもそばにいてくれるのは数字だけじゃなかったんだと気づくのが主人公タカシの目覚ましい成長のひとつだったし、その気づきはタカシの弟マモルにとってもそうだった。また、一歩踏み出したことで見えた世の中、決して冷たいだけではないことも伝えられている。その気づきはやわらかだ。タカシを取り巻く人々のあたたかさや名もなき人の行動や言葉から見えてくる。

人と夢と書いて儚という字になります。

その儚さのまま消えてしまったのはタカシとマモルのおかあさんの心と、彼らにとってのおかあさんそのもの。心は愛でさえどうしようもないのだという言葉通り、壊れてしまった心をそのままにいなくなって儚くなった。
それでも人と夢はタカシとマモルの心にあたたかく残って彼らを守っているんだな、みたいな感じも。

人と夢を繋げていく。

現実に繋げるその点と線。
人と人は繋がっていけるんだよっていう。
劇中、血がつながらなくても家族じゃなくても、他人とだって星座になれると歌っているけれど本当にそういうことだ。一緒に輝ける、繋がっていける。
見えないものを可視化したやさしさの世界がIndigo Tomatoという舞台の意味だったかな?なんてこともふんわり思います。

作演出は小林香先生ですし、舞台は総合芸術だと思うので舞台を支えるスタッフさんたちの努力もあり、全てが一緒くたになってできるのが今の景色。
とはいえ、最終的な味付けをして景色をつくるのはやっぱり役者で。
彼らの解釈と彼らのなかで出来上がった人物が生き生きとしているけれど、初演の時点でもかなり見た人の心に響く芝居に仕上がっていたからこそ再演ではより手が抜けない部分もあるだろうと想像するに易い。そうそう、舞台セットが初演より高く広くなっていたのも効果的だったよね。床までがっちりつかった黒板、すごく素敵な数式をちりばめた誰かと誰かの星座を描けていたと思うの。


芝居にはね、もっと深い意味もあるだろうし、多くのメッセージを散りばめた話なのでたくさんの考察できる内容ですが、今の今ふんわりとあらわせるのはこんな感じかなあ。人それぞれ思うことは十人十色だもの。

わたしは客席で、誰かに必要とされる世界へのあこがれも抱きながら見ている感覚が強くて、その鮮やかで美しい風景がとても好ましいしいいなって観てた。なんだろう、それはわたしの手に入らないものだからうらやましいのかな。わからんけど。

推しの演技はね、毎日違っていてひとつとして同じ演技はなく、同じ日はなかったよ。どの芝居でも同じ日がないのは当たり前だけれど、これほどまで明確に違うぞと感じる演目はなかなかない。

同じ演目なのに観劇するのがとっても待ち遠しく楽しい毎日でした。

長いこと彼のことは見ているけれど、常に努力して役を紐解いていく姿勢はいつだって素晴らしく美しいです。努力をして培ってきたキャリアは着々と積みあがる。無駄なんて一つもないんだよ。

これはミュージカル(芝居)なので、脚本と演出に沿ったストーリーや立ち位置など基本の部分はあるしそこは変わりない。でも、それぞれの役者の演技をじっと観察していると日々違っているんだよね。どれはどんな芝居でもどんな役者でもそうだと思う。(共演されている役者さんみんなそれぞれちがっていてね。役の中の長江くん、まーくん、川久保さん、ウタコさん、ゆみこさん、それぞれのはなしをそのうちしたいんだけど話が長いので今日はやめておく)
特にそーちゃんは役のなかでの動きが柔軟でアドリブやアレンジをちょいちょい入れてくる。演じながらセリフも弄るし、身体の向き、やり取りするときの対応、微妙な動きまで差し支えない範囲で変えてくるんだよね。劇的に変わって見えるときもあるし、その動きひとつで客席側が感じる印象も違うんだよね、それは役としてのタカシくんが周囲に対して発したささやかな拒絶だったり許容だったりする。それは対応する役者が対応しうる応用力を持った人たちだと信頼しているからできることでもあると考える。
あとさ、彼は歌い方も変えてくるんだよ(部分的にだけども)私のなかで、あ、ちょこっと歌い方も変えてきた?って感じたのは、いわきプレビュー2日目、それと金沢、そのあとは東京中日以降です。あと、もとより緊張感のある座組だけど、雰囲気がより締まった印象が出たのが大阪でまーくんユーゴが入ってから。


そんな感じで少しも同じことがないから本当に見ごたえがあって楽しかったんだ。一言に集約すると楽しかったに収まっちゃうけど、その楽しかったにはいろんな気持ちが詰まっている。

舞台に限らず、だけど。

生きているあいだでも、もし明日生きていなかったとしても、誰にとっても同じ一日なんて二度とないんだから当たり前だよね。同じ一瞬だってひとつもない。

この楽しかったという気持ちはわたしにとってとても価値のある充足感です。

今の推しが見たかったら今しかない。
だから通える時は通う。

とてもいい時間を過ごせたから、推しには初演に引き続き主演してくれて本当にありがとうございました!
もはや御の字ばかりが頭に浮かぶ。
出ている役者さんたちもみなさん大好きで、スタッフさんたちも基本的には一生懸命で本当にいいカンパニーだと思います。
あんなにも眩しい笑顔で芝居が終わるこ本当に最高に幸せ。
嬉しい。
自然と微笑みがこぼれるエンディングは秀逸としか言いようがない。

キャッチーで軽やかな音楽に大好きな推しの歌声がかかるとむちゃくちゃ幸せ気分だったんだよね。

最高に素敵な毎日でした。

うん、やっぱ、全公演収録の円盤が欲しいんだね〜ほんと毎日違うんだよ(繰り返す強欲)



あと、もひとつ、千穐楽のカテコね。
推しがこの舞台の主演だから聞けるカテコだなって本当に思うんですね。

うろ覚えなので正しい意味での理解になってないかも。
それでもね、その時にわたしが受け取ったまま思ったことを書くよ。

 

そうちゃん、自分がひとりでどうしようもないときに、だだっぴろい何もないところにたたずんでいる自分がいて、どうしようもないときって自分を愛すことしかできないから自分を愛そうってしている。すると、いつの間にか親しい誰かの背中がまわりに見え始めてくる。それで、手を伸ばして近づこうとするとその人たちの背中は自分が近付いた分だけ遠ざかる、でも頑張っていれば手が届くかもしれないし近づこうとすればいつか振り向いてくれるみたいなことを考える……というような話をしていて、ものすごいせつないようなさみしいような気持ちになりましてな。

いやね、あなたのファンとかオタクはね、あなたの近しい誰かが背を向けた世界でも、たぶん全力であなたのほうを見ているし、届くはずのない手を伸ばしている。
大好きなあなたのことをひそやかにじっと見つめていると思うし、残念ながら背を向けていたことがないなって思いながら聞いていたのね。
少なくともわたしは、だけど。
これ前にも書いたことがありますが、役者に対しての基本的なファンやオタクの立ち位置は「役者が立つ板の上にはない。板の上にはない奈落」だと思っている。
決して手の届かない、手に入るはずのないものを見て、声も届くわけのない場所からじっと注視し心を寄せているわけ。

まあ、カテコの話はね?
彼の心のなかの話だ。

こちら側の思惑なんてどうでもよくて通じるものでもないのは理解してるんだ。

あくまでも例えばなし。

彼のなかのイメージの話だから、つじつまむちゃくちゃあってるし、誰彼言える話でもなく、まったく問題ないとても良いカテコのコメントだったんだよね。
カテコでの話は公演終了のせつなさや、子供の頃から今の今まで抱いている彼自身の体験や想いを言葉にしたものから、ある意味で彼の心のなかにある根本的な寂しさや優しい心を表していたように感じました。

素直なひとだよ、本当にね。

わたしは推しの心そのものに触れられた気がしてとてもよかったなーと感じたし、ますます推しのことが大好きになりました。

推しのこと。
わたしは見える部分しか知らないし、いわゆるパブリックイメージ的な部分しかしらないと思う。でも、たまに見える素の部分から見て取れる人柄がとても好ましくて、ああいう感じだから人に囲まれて愛される、みたいなことをこの度も思いました。

ほんと、あなたが幸せでいて笑ってくれると嬉しいんだよね。

ということを勝手なおたくはいろいろと考えましたとさ。

演じるあなたが好きだから、心ゆくまで演じ続けて欲しいと思う今日このごろ。

推しにはそろそろ老け役もやってほしいなーって思ってるんだけど、身体能力高めなのでそっちをもっとアピール出来る役ももう少しやってほしいよね。これは若いうちしか出来ないものかもしれないので、めいっぱい動ける役もたくさんやって欲しい。

 

あと、推しはトマト千穐楽が早めの仕事納めのようでした。
今年走りすぎじゃない?!とおたくなりに思うので、ちょっと休んだほうがいいと思うのですが、レッスンとか他にもいろいろありそうだな。

ねえ、休めるの?!

どうなの?!

少しは休んでどうぞーーー!



赤ちゃんは数字であらわすと0、僕は0が大好きだ!はタカシくんのセリフ。0はまっさらでまあるい窓を開けているという差別や偏見、垣根のない心、そういうやつです。

そのへんにひっかけたコメント推しかわいいなー。そゆとこも好き。

 

年内、あと少し観劇して終わり。

まわるやつとちいさいやつ。

来年もたのしいこといっぱいあるからわたしも頑張りたい。

いや、頑張るのは仕事だよ。

 

あ、そうだ。

推しインスタはじめたらしいよ。
今時点で既にくじけているらしい。

このかわいこちゃんめ!笑(おたくのかんそうです)つまづいてもくじけてもいいから更新してたもれ。
30歳手前、すっかり大人だし、役者個人管理のツールがあるのは悪くないよ。
もうね、下手打たなきゃなんでもいい。

 

ついでのはなし。

昨日のFNS歌謡祭第二夜見たよ。

とりあえずアミュメンのはなしだけいいかな?!小関くんをみるといつもおたまじゃくしだった君がこんなに大きくなって……みたいなことを思います。

それとね、こーきくんいい位置でむちゃくちゃ目線合わせてくるの、さすがと思った。カメラ目線が常にすごいよね?!みずたこーきさーん!あとやっぱり曲が素晴らしいな?!耳に残るサウンド、期待しておく!

 

というかんじ。
推しのはなしが多いのでトマトだけしか行ってないと思うでしょ?
最近はイノサンとR☆J入ったで。それと芝居じゃないけど行ったのは、はんさむみゅーじあむとかのぞいてきましたとさ。

感想にもならないけど、お金のかかった虚無と頭を使わない愉快という感じの舞台2つね。

ハンサムは推しかわい〜えがおがかわいい〜〜ってなりながら、等身大推しのスリムさと小顔を見ては恐れおののくみたいなやつだった。動いてないから余計にわかるこの小顔、そしてスリムさよ……恐怖。

 

本日も極めて個人の感想も感覚による内容を長々しくお届けしました。もし、ご覧いただいた方がいらしたら、まことに申し訳ありません、ありがとうございました!