与太話はこの辺にして推しに幸あれ

大人気ないので不謹慎なことを

……言います。

1回下げたけどやっぱ出しとくわ。
個人の意見っていうか意見ちゃうな、ただの愚痴ね。
そもそも世論的に世間的に社会的にそのようになっていく……なんてのはさ、重々承知している。 

ただ、言わんとなんかモヤッとするし。センシティブな内容だから触れてはならないなんてことはないと思うのだ。

そんな感じの雑談です。


はい、言い訳がましいのここまで。

 

 



言いたいポイントは、

 

不要不急ってなんだろう。

これ。

 

初めから話が横道に逸れた状態からはじめます。
まず、タイトル通り、不謹慎極まりないことを言うね。
この頃、どこを眺めてても自粛自粛って自粛を訴えるばかり、自粛を迫るばかりの報道やら世間の雰囲気に心も身体も疲れてきちゃうね。
確かに今の今の状況は大変です。国難なんて言う政治家もたくさんいます。

実際にそうなんでしょう。

そうなれば、場末も場末の市井の人にすぎない民間人が、あーだこーだと焦っても何も変わらないし、焦れば焦るほど状況は悪くなっているように見えがちです。ならばある程度自分で情報入手をコントロールしたりシャットダウンしたりしてでも、静かに淡々と冷静にできることをできるだけ、それぞれで対策をしたほうがよくない?っても思っている昨今です。

だいたい世の中どうにかなってるでしょ。
あらゆる品物を我先に買い占めてどうすんのよ?
そんなんホスピタリティの欠けらも無い。いやいや、ここでホスピタリティの話をしてもしかたないか。

また、自粛ムードに乗じて不安を煽るかのような報道の在り方にも疑問を抱いています。もちろんすべての報道が悪いとは言いません、お前言い方~~~!お前その情報の切り出し方~~~!みたいなのが散見されます。

ねえ、過剰反応じゃない?……って思っちゃうとこありまして。

人ってわりと自分の意見よりも報道やインフルエンサー的な方の意見に皆が右往左往されることがある。
目に見えないから恐ろしいわけですが、いつまで恐れていればいいんでしょうね。


演劇界隈でも公演中止・休演が多い。
その他にも娯楽施設も休園しまくってるよね。
リスクをおさえるのは大切だよ。水際対策なんでしょうし、そうなっていくこと自体は致し方ないとは思っている(既に水際と言えるのかって点はさておき)

社会的判断として正しいんでしょう。
興業主側としてはその点、企業努力をしているとも言えます。苦渋の選択です。損益が莫大ですからね。また、この時期に劇場から罹患したひとを出したら大変だという考えすらあります。興業主が恐れる部分はここかな。なので、多少の休演や中止も賢明な判断なんでしょう。

わたし個人が演劇を楽しむ側として思うことは、役者さんやエンタメに担う人達の健康を大きなリスクのある場所に晒したくないということです。自分がどうのこうのより推しの身が危険にさらされるのは嫌だなっていう……。あとは前述の興業主が恐れるであろう劇場で罹患した人が出るという事態?
それを想像して確かに恐ろしいと感じます。

とはいえね。

ね、いつまでかな?

いつまで自粛するの?

当たり前ですが明確な線引きが見えません。
1、2週間などと世間の報道では言いますが、このところずっとそう言ってませんか?ここが正念場、ここが瀬戸際的なこと。

サクサク長期的補償を決めて頂けるなら、多少自粛できる分野も増えそうと思うんですが、なんとも……。

舞台芸術全般に言えることで、演劇は観客ありき的なことを演出家の野田さんも意見をしていましたが、劇場閉鎖は演劇の死であるという視点はその通りだとわたしも考える。

その点においては共感できます。

また、これはわたしの印象にすぎませんが、野田さんの意見書は客席側への問題提起部分は大きくないと感じますし、どちらかというと公演予定したら開催したらいいんじゃない?という文字面通りではなく、一番大きいのは、なんの補填も提案せずに自粛ばかりを要求する側への意見であるとも感じました。
また、もう一つあるとすれば興業主側への意識改革への働きかけ?かな。
物事の状態を見るとき、一方向から見たものだけが正しい状態であるとは限らず、言葉一つとってもどのようにもくみ取れるというのが現実だと思います。その側面は劇場封鎖は演劇の死=劇場を封鎖せずとも開催できる環境を模索せよ、ガイドラインを設ける場を持ちましょうという問いかけのようにも思えます。
ただの深読みですけど。
いやこれはね、言うだけなら誰でもできるわけですが、これですよ。論議すべき時にきっちり論議しないから不満が出る。きっかけってこういうところから生まれて議論されるんだよね。だから野田さんの意見書は考える要素として大変有用だとわたしは考えました。

さて、

何をリスクとするか。

その辺の視点の違いもありますし「上演します」と舵取りをして、それが正しい判断かどうか今は分かりません。

リスクを負いたくないのは興業主だろうと一個人だろうと同じです。

ただ状態として「劇場に観客がいない」という時点で演劇は成り立たないという意見は前述の通り、本当にその通りだと思うんですね。
わたしは演じる側ではありません。一観客にすぎません。
でも、演劇というものは客席も一体になってつくっていくものだとわたしは考えます。

演劇の死というふんわりとした問題を、例えば会社というくくりにあてはめて考えてみると、どのくらい死活問題なのかわかりやすいかもしれません。それを作るひとがいるなら、それでご飯を食べている人がいることをお気づきですか。

ずっと自粛が続いたらどうなるか。

役者さんたちだってご飯食べれなくなっちゃうね。役者だけじゃないよ、スタッフさんたちだって同じ。また、舞台俳優さんにおいては稽古期間中はギャランティーにあたるものが支払われないことが多いはずです。いくばくかはお支払いしますという興業主もあるかもしれませんが、基本は稽古中のアレコレはすべて役者の財布から捻出されます。業界を担う人が暮らせなくなる死活問題だよ。もう一つ大きいくくりで考えて、興業主=企業です。その企業の資金繰りが厳しくなる。

結果、界隈の死に直結するんですよ。

経済回さなきゃ、みんながみんな回らなくなって共倒れ。経済活動無しでどこまで業界持ちこたえられるか?
そこも考える必要があるでしょ。

この状態でまた経済活動を行うというリスクをとっていいか悪いか。

客席側が判断できる問題でもなく、場外乱闘で言論を戦わせてもあまり意味がなさそう。この頃は商業施設を伴う劇場も多いわけで、延期や休演の判断は興業主だって安易には答えを出せなかったでしょうね、十分とは言わずとも時間がないなかでそれなりに論議したはずです。興業主トップ陣だけでは判断だけでは対応しきれない部分も往々にあったでしょうね。なにせ演劇は劇場ありき、出演者ありき、スタッフありきの演劇です。それはどの界隈でも同じかな。

なお、わたし個人の気持ちの上では観たい演目が上演されるならそれは観たいので観るの一択です。勿論、自分の体調とは相談しますが!
だからと言って何としても上演してくださいなんて傲慢な要求できないし、また同じようにリスキーだから上演しないでくださいともいえない。上演されるなら万全の対策をして劇場に向かいます。そういう気持ちです。楽しみにしてた演目、芝居をつくっている皆さんが稽古を重ねてきた演目です、そんなん観たいに決まってんだろ!って言っちゃうところは推しを観たいのだという大変かわいそうなオタクの心の問題なのでそこはシカトしてください。

 

これ、100人いたら100人の意見があります。
誰かがジャッジできるできないのはなしではない。

あとさ、思うんだよ。
このご時世でなくても趣味分野が趣味をこえて生きる糧であるという状態って、一般的には理解されがたいものなんだなと痛感します。そうとわかっていてもわたしは推しの現場がないと非常にキツいです。精神的な死活問題に直面しています。平常心いつまで保てるかな……静かに静かに心が死ぬ~、死んでしまう~。

リスク回避が大事なのは理解しています。
正念場という言い方をするならそれもそうなのでしょう。
わかっています。
わかっていますが……の、が、からの先はね? 伝え方次第で感情論とも捉えられかねない思考です。だから、社会的に通用する理屈じゃないってこともね。
でも、マジでいつまでもいつまでも公演中止、延期、中止、延期してたら業界そのものが干上がるよ?
ほれ、死活問題。

 

で、話は冒頭に戻ります。
長い前振り以前にね?

これ言いたいんですよ、わたしは。

リスク回避と経済活動のはざまであるという社会の状態はともかく。

 

不要不急ってなによ?

不要不急とは?

 

わたしはおとなげないので「不要不急」って言い方がとても気に入らない。

気に入らないったら気に入らないのです。

不要不急と言われた部分を担う職業を支えるみなさんに今すぐ謝れ。

不要だとか不急だとか、そんなふうに言われていい職業ないんだよ。


それを楽しみに生きてるわたし。
いるいらないっていう極端な話をすると、わたし個人は世の中には不要の部類です。でもエンタメ界隈の人たちは間接的にだれかを支える素敵な職業を担う方々だ。それを不要などという言葉で片付けないでほしい。

 

今の状況、これが延々続くとは限らない。
しかし、急に奪われることに、人は無力だ。

自粛要請なんて言葉で有耶無耶に努力してます風を眺めている。曖昧なまま、あらゆることへの保証はされない。
どんなに混雑した通勤電車に乗ってでも会社にはいくよ。
仕事するのも生きるためだ。
必要だからね。
だいたい仕事しないと推しの芝居も観られないからね。

なるほど生きることは観劇に繋がっているようだ。

まあ、長々書いて言いたいことってのは「誰かにとって必要なものを社会的通念で勝手に自粛していい不要不急の対象にしないでほしい、不要不急って言うなばーか!」みたいなことです。

本当に言葉と括りが気に入らない。他にも言い様がある、丁寧な言い方あんだろが。

時に人の心にあたたかな感情を、ある時はささやかな幸せと悲しみをこの胸の奥にともしてくださる職業のみなさんと、その業界を支えるみなさんのいる界隈を不要不急って言葉で片付けようとしたってことが遺憾です。

まったくもって不要不急じゃないんだよ。むちゃくちゃ必要。
言い方微妙かもしれないですが、精神が死活問題に直面しているわたしにとって観劇は必要急務です……。
このトキメキめいたものがないと生きられない。
その公演に魅了される喜び。声を聴く、音に囲まれる幸せ、その姿を見る、記憶にとどめる喜びがなければ普段の生活に支障がでます。リフレッシュできなくてあたまがおかしくなりますね。推しの演技に魅了されるための劇場、惚れ直すための現場。

あー、推しに会いたい!

わたしが生きていくためにこれが必要なの。
演じる推しを観ることがとてもとても必要。

このままだったら現場に行くために末永く健康でいよう…みたいな努力だって怠りがちになるだろうな。鬱々としたままどんどん不健康になる予感すらあるよ。

あと、観劇が必要であると同時に、
わたしには贔屓の推しがとても必要です。極端に一方的にですけど!笑
なにせ、推しによりメンタルケアされるオタクなので。 


はて、推しどーしてるかな?
稽古場での稽古終わったぽい。箱入りそろそろでしょ。
初日が延期になってみんな悔しいし悲しい。千穐楽なくなった公演だってたくさんあって、本当に悲しい。悲しいでは済まされない悲しみです。観客なんて何も出来ない本当に無力だと本当に思った…。

客席側より演じる側の方が悔しさ無限大だと思う。
でも悔しい悲しいばかりでは先に進めないし。

あ、ここまで書いておいてなんですが、推し出演のミュージカルは初日から6公演ほど公演中止になりました。当所予定の初日が延期になりました。
来週開幕できるかな…、どうかな。

ともかく今願うことは、無事初日を迎えられますように。

少し先に伸びてしまった初日だけど、上演するならなんとしても行く。
絶対に絶対に行くったら行く(客席側に選ぶ権利はないので上演されるなら行きます)

この「行きます」という気持ちはとんだ自己満足です。
究極に身勝手な自己満足がなければわたしは生きられない。こんなおたく抱えてる推しが可哀想かな……ごめんな推し大好きです。
見てないとこで謝っとこ。

 

さあ、払い戻しが待っているぞ。
手続き、めんどくさいね。


最後に。

意見を戦わせたくて書いてるわけではありませんので、その旨あしからず。